韓国語学習のすすめ

1. はじめに

他の方達の寄稿の内容と比べるとかなり場違い感のあるトピックですが、韓国語が「jubeatに関連する内容」に全く当てはまらないということはないでしょう。jubeatに限らず多くのBEMANI機種において界隈を盛り上げてくれている韓国人音ゲーマーたちですが、彼らとコミュニケーションを取るために彼らの母語である韓国語を知ることはとても有用かつ有意義なことだと私は思います。

確かに、彼らの中には日本語(や英語)が堪能な方も多いですし、また機械翻訳でも十分に意思の疎通はできるので、今更私たち日本人が韓国語を学習する必要性は感じにくいかもしれません。ですが、これは実にもったいない。というのも、韓国語という言語は、およそ世界に6000とも7000ともあると言われる諸言語の中で最も日本語に類似した言語であり、また日本語を母語とする人にとって最も学びやすい言語である、と断言しても良いような代物だからです。

ところで、日本は諸外国と比べると、第二外国語を学ぶ機会が圧倒的に乏しいです。英語以外の外国語を学んだ経験のある日本の高校生の割合はわずか1.5%ですが、例えば韓国の場合は87.7%*1であるのをみると、いかに差が歴然か分かるでしょう。そうした環境にあって、えてして日本人は、外国語=英語、そして外国語学習=英語学習といったような枠組みを無意識のうちに定着させてしまうことが多いのではないかと思います。 ここで、英語が日本人にとって学ぶに易く学ぶに楽しい言語だったら良かったのですが、多くの人にとってこれは実情ではないでしょう。なにしろ語彙も語順も発音も日本語とはかけ離れていて、日本語の常識がなかなか通用しません。この違いが克服できずに英語学習に挫折してしまった人もきっと中にはいると思います。そうした人たちにとっては、外国語学習なんて無理難題に感じるかもしれません。

そんなあなたの外国語学習観、外国語にまつわる世界観を気持ちよく打ち壊してくれるのが韓国語です。ざっくり言ってしまえば、大人*2がある外国語を学習、習得する際の難易度を左右する最大のファクターは、その外国語が母語にどれだけ似ているか、つまり両言語の類似性なのですが*3、この点において英語と韓国語は極めて対照的です。それだけに、英語を学ぶのでは決して味わうことのできなかった驚きや感動(!)を韓国語を通してきっと体験することができるはずです。私自身、韓国語を勉強していて日韓両言語の様々な共通点を目の当たりにするたびにまさに目から鱗が落ちる思いの連続でした。このような経験をより多くの日本人音ゲーマーにも味わってもらいたい、との思いで「韓国語学習のすすめ」という題で本記事を寄稿することとします。

少し長くなりましたがここまでが前置きです。以下では、「似ていると言っても何がどういうふうに似ているのか?」という点を具体的に概観していきたいと思います。韓国語の知識が一切無くともなるべく興味を持って読むことのできるように自分なりに努力するつもりなので、堅苦しい「お勉強」的なものと思わず目を通していただけたら幸いです。

2. 日本語と韓国語の共通点、類似点

日本語と韓国語の類似点として、例えば語順がほぼ同一である*4とか、助詞がある*5だとか、擬音語擬態語が非常に豊富である*6だとか、敬語を表す文法体系が発達しているだとかいった要素は、どれも極めて大事なポイントではありますが、これらについてはここでは大きくは扱いません(とはいえ、語順や助詞についてはこれから紹介する韓国語の例文を通していかに似ているか実感できるかと思います)。この記事では、まずはマクロな視点で日韓語の言語類型論的な共通点である「漢字」について、次にミクロな視点で個々の言語表現の中に見られる類似性について紹介したいと思います。

2.1.1. 日本語と韓国語における「漢字」

皆さんは、ニュースなどで韓国人の人名が漢字で表記されているのを不思議に思ったことはありますか?例えばムンジェイン大統領は文在寅って書きますよね。あれ、日本側が勝手に適当に漢字を当ててるんじゃないんですよ。現代の韓国では文字媒体ではほぼハングルしか用いられず、文字が漢字で表記されることはあまりないので意外と知る機会がなかったりするのですが、韓国語も日本語と同様に漢字を大々的に取り入れた言語です。

韓国語における漢字のありようは、韓国語では日本語を全てひらがなで表記しているようなものだと考えると分かりやすいでしょう。例えば「約束の凱歌とかいう予選課題曲研究するの面倒だなあ」というひらがなと漢字という二種類の文字から成り立っている日本語の文を全てひらがなで(あるいはかたかなやローマ字で)、頭の中で表記してみてください。現在の韓国語は概ねそのような文字体系を採用しています*7。要するに、表面的には漢字なんて見る影もないものの、その実は非常に沢山の漢字由来(=古典中国語由来)の語彙が潜んでいるということです。ところで人名に話を戻すと、今でも韓国人の人名のほとんどは、日本人のそれと同様に、漢字をもとに名付けられています。日本語で名前を漢字でどのように書くかについて、例えば「平和の和に真実の真で和真です」という風に説明することはよくありますが、以下に紹介するように韓国語においても極めて似通った説明の仕方がありえます:

예, 그 성은 조씨고 이름은 은경, 은혜 은에 거울 자를 쓰고 있습니다. (訳:はい、姓は趙氏で名前はウンギョン(=恩鏡)、「恩恵」の恩と「」のの字を書いています) *은혜は韓国語漢字語で「恩恵」、거울, 경はいずれも鏡を意味し、前者は固有語で後者は漢字語。なお、この文は実際のあるインタビュー記事から引用したものです

日本も韓国も割合似通った経緯で漢字を中国から借り入れています。まずは日本語における漢字の簡単な来歴がわかるものを以下に引用します:

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蛇蔵、海野凪子(2009)『日本人の知らない日本語

韓国においても昔の日本と同様に、自分たちの話している言葉を書き記すための文字がなかったため、中国から借りた漢字を用いて韓国語を表記していました。なので、1446年に訓民正音(後のハングル)が公布されるまでは、書きことばは全て漢字だったわけです*8

2.1.2. 漢字を共有していることの学習者にとっての有用性

さて、日本語と韓国語はどちらも漢字を用いる言語だということを確認しました。では次に、日本人が韓国語を学んでいく上でこれがいかにありがたいことであるかを見ていきましょう。いろいろな面白い例を挙げることができますが、この点に関して、野間秀樹『ハングルの誕生』の中で端的によくまとめられているので、そのまま引用させて頂こうと思います:

朝鮮語の語彙が固有語、漢字語、外来語という三つの層からなっていることは、日本語話者と韓国語話者が互いの言語を学ぶ際に、次の二つの点から大変な威力を発揮することになる。

①漢字の発音を知ればその漢字から構成されている漢字語の発音を知ることができる

②固有語は似ても似つかない形をしているが、漢字語や外来語は音がそれなりに似ており、一定の音の対応関係を見出すことができる

例えば「会社員」という単語が「フェ・サ・ウォン」であれば、「会社」は「フェ・サ」、「社員」は「サ・ウォン」は当たり前として、「会員」は「フェ・ウォン」、そして何と「社会」は「サ・フェ」だと知ることができる。これが①の利点である。英語で「会社」はcompany、では「社会」はpanycomか?漢字語のこんな造りを例えば英語母語話者やドイツ語母語話者に説明するのさえ、一苦労であろう。しかし日本語母語話者であれば、漢字語は一を聞いて十、百を知る。(中略)漢字語や外来語は何といっても起源を同じくするので、当然似ているわけである。これが②の利点である。漢字語であれば、「図書館」が「トソグァン」、「高速道路」が「コソクトロ」、「新聞記者」が「シンムンギジャ」(中略)といった具合である(p.44-45)

日韓語の漢字語が、全てが全て上記の例のように気持ちよく対応するかというと、当然ながら、そういうわけではありません。とはいえ、これら両言語における漢字語のおよそ8割以上は、上述の例のように、意味的・音韻的に対応関係にあると言われています*9。こんな外国語、なかなかないんじゃないでしょうか。ちなみに、上に紹介した漫画の一節は日本語の漢字の読み方が多い理由を説明しているものですが、韓国語の漢字には原則一つの漢字には一つの読み方しかありません。ここも日本人学習者には嬉しい点ですね。

2.2. 個々の言語表現の中に見られる類似性

文法(語順や助詞のありようなど)や語種(両言語とも三つの語種から成り立つ言語であること)における類似性は、日本語と韓国語という言語を「言語」という大きな単位、大きな枠組みで見たときに特に着目すべき要素であるといえます。以下では少し視点を狭めて、個々の具体的な言語表現の中に見ることのできる両言語の類似性について、特に比喩的表現に焦点を当てて見てみたいと思います。

2.2.1. 日韓語の比喩的表現

いきなりですが、「納得がいかない」って日本語を英語ではどう言うでしょうか。まあシンプルにいえばI don't understand.くらいでしょう。文脈によっていろんな言い方があるでしょうが、少なくとも*Understanding does not go.なんて風には間違っても言わないはずです。一方で、韓国語ではこんな風に言えます:납득이 안 간다. 構造としては、납득(納得)+이(が)+안(ない)+간다(いく)となっています。ここでの간다という単語は日本語の「いく」や英語のgoにおおよそ対応する動詞です。つまり韓国語では*Understanding does not go.ばりの直訳がしっかり通用してしまうわけですね。

今度は、「状況が時々刻々変わっていく」なんてのはどうでしょう。英語だとThings are constantly changing.くらいでしょうか(もっと上手い訳ありそうですが…)。これは韓国語では상황이 시시각각 변해간다. と言えます。상황(状況)+이(が)+시시각각(時々刻々 韓国語には「々」にあたる語がないのでこのようにそのまま繰り返す形になります。なお「時刻」は「시각」)+변해(変わって)+간다(いく)という構造です。動詞の連用形と接続させることで、「現在(または、基準となる時点)から未来への事態の展開を表す」*10という、日本語の動詞「いく」が持つ派生的・比喩的な意味用法を韓国語もほぼそのまま有しているというわけです。

比喩的な表現の類似性を示す他の例として、たとえば「お手上げだ」は손들었다(손:手、들었다:上げた)、「腹黒い」は속이 검다(속:腹、이:が、검다:黒い)などなど挙げることができます。こうした例はあくまで氷山の一角(빙산의 일각、빙산:氷山、의:の、일각:一角)であり、韓国語を勉強しているとこのような似通った表現としばしば遭遇します。チェミッチョ(面白いでしょう)?

3. おわりに

この記事では、自身が韓国語を勉強している際に個人的にこれ面白いな、と感じた両言語の類似点のうちの一部を断片的に紹介しました。この記事を読んで(果たして読んでくれる人がいるのか定かではないですが)、もし少しでも「知らなかった」「へー、面白いな」と感じてもらえたのならだらだら書いた甲斐があるというものですし、そこからさらに発展して実際に韓国語の勉強を始めてみよう、と思い立ってくれる人がいたのならそんなに光栄なことはありません。

思い立ったが吉日、教科書を買ったり有料の講義を受講せずとも、今の時代韓国語はネットさえあれば割といくらでも学べます。例えば、東京外国語大学の提供する朝鮮語 文法では、韓国語の主要な文法事項を詳しい解説とともに網羅しています。また、Youtubeでも日韓語のバイリンガル話者による韓国語解説動画はたくさんあります。知っているものを以下に紹介してみます。다희さんとか可愛くて好きです:

youtube.com

youtube.com

youtube.com

しっかりした教科書を買ってガリガリ勉強したいというタイプの方は、どのような教科書が良いかについて朝鮮語 韓国語を学ぶための推薦図書 | おすすめ教材が参考になるでしょう。

最後に、韓国語の学習を勧める際にしばしば登場する、定番の韓国語の諺を紹介して終わろうと思います。"시작이 반이다" (시작:始め、이:が、반:半分、이다:だ)、何かを始めるということは難しく、始めてしまえば半分は達成したようなものだという意味です。学校で外国語を取らなきゃいけないだとか仕事で使う必要があるなどの外的な要因のない人が、言語学習というゴールのない営みに身を投じることは本当に難しいことだと思います。ですが、この記事で述べたように、韓国語は日本人学習者にとって他のどの言語よりもフレンドリーです。勉強というよりは音楽ゲームという趣味の延長線上にあるものとして、韓国語の世界に触れてみてはいかがでしょうか。

 

 

*1:竹田宗継(2014)「経済のグローバル化第二外国語習得の意義について」『同志社大学商学会』pp.533-547

*2:言語習得論の分野では12−15歳の思春期の時期、いわゆる臨界期を過ぎた年齢から大人と呼ぶことが多いです

*3:日本語は他の言語に比べて難しいだとか、英語は言語の中では文法がシンプルで習得しやすいといったような意見は、ともするともっともらしく聞こえるかもしれませんが、本質的には各言語の間に難易の差はないというのが言語学における定説です。特に日本人は、日本語が比較的難しい言語であると考えがちなようで、ある言語学者は日本人のこうした傾向を"perverse pride"なんて評したりしています

*4:英語の基本語順がSVO(主語ー動詞ー目的語)というのは中高の英語の授業できっとやりましたよね。この枠組みで言うと日本語と韓国語の基本語順は共にSOVです。なお、この三つの要素の組み合わせは6通りあるわけですが、世界の諸言語をこの枠組みで分類すると、①SOV45% ②SVO42% ③VSO9% ④VOS3% ⑤OVS1% ⑥OSV0.3%、といった具合になるそうです。英語や中国語などいろいろな意味で目立つ言語がSVOなのでこの語順がデフォルトなのかなと思いきや、実は我らが日韓語の語順の方が(僅差ではありますが)多数派なわけですね

*5:日本語はSOVと言いましたが、知っての通り日本語は結構語順に融通が効きます。これは韓国語も含め、助詞、もっと正確に言えば格助詞を持つ言語一般に当てはまることです。基本語順が同一であること、そして格助詞のあるために語順に融通が効くことのありがたみは、特にスピーキングにおいて、計り知れないものがあります

*6:擬音語擬態語、つまりオノマトペを表す語彙が日韓語共に非常に多いという点に加え、音声的にも類似性の見て取れる例も一部あります。例えば「とぼとぼ歩く」などの「とぼとぼ」は韓国語では터벅터벅 [tʰɔbɔk̚tʰɔbɔk̚](とぼっとぼっのような発音)、「水がちょろちょろ流れる」のちょろちょろは촐촐 [tɕʰoltɕʰol] (ちょるちょるのような発音)など。どちらも同一の要素を繰り返す畳語形式を用いているところも面白いです

*7:なお、現代韓国語において漢字が完全に廃止されているというわけではありません。ニュースや新聞の見出しなどで意味をより明確にするために部分的に漢字を用いたりすることはよくあります。また、少し古い本のタイトルなんかを見ると、例えば『平和의 哲學과 統一의 實踐』(平和の哲学と統一の実践)という風に、漢字とハングルを併用した表記もよく目にします

*8:朝鮮半島にあって、およそ〈書かれたことば〉の全ては漢字、漢文で書かれていた。…即ち、〈文字〉とは〈漢字〉のことであった。…生まれてこのかた、話す言葉は朝鮮語であるのに、〈文字〉は基本的には〈漢字〉しかなかったし、〈文章〉は〈漢文〉しか存在しなかった」野間秀樹(2010)『ハングルの誕生』平凡社

*9:油谷幸利(2005)『日韓対照言語学入門』白帝社

*10:北原保雄(編著)(2003)『明鏡国語辞典』大修館書店